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[−前編−] 外では朝からしとしとと雨が降っている。 そう、思えばあの時もこんな雨の日だった。 当時私はまだ小学3年生だった。 2つ年上の姉とその友達の後に、鬱陶しがられながらも遊びについていった時の事だ。 家から自転車で30分くらいの所にある空き地から、なにやら動物の鳴き声が聞こえてきた。 「なんだろう?」 近くに寄ってみると、それは紛れもない猫の声だった。 「ニャーニャー・・・」 まるで漫画の擬音の様に泣き続けるそれは、まだ生まれてやっと目が開いたばかりの様な小さな小さな仔猫だった。 その仔猫が居た場所は空き地の中にある物置小屋の中で、とりあえず雨風くらいはしのげる場所だ。 そしてその近くに、小さな布が中に敷かれた段ボールが置いてあった事から、捨て猫らしい事が分かる。 たどたどしく仔猫を抱きかかえるとひたすら「ニャーニャー」と鳴き、何ともかわいらしい。 近くに置いてあった餌も散乱していて殆ど残っていないので、とりあえずかなりお腹が空いていると思われる。 「ねぇ?誰か飼ってもらえる人いない?」 姉の友人が誰ともなしに声をかけた。 「ウチはだめだよ」「ウチも」「ウチだって」 皆が一様に首を横に振る。 そして、私の姉も同じ様に「ウチもマンションで動物は飼えないから駄目だよ」と言っていた。 誰も飼える人がいない・・・。それでも仔猫は何かを訴えるかのごとく鳴き続ける。 「そうだ!こうしよう!」誰かが重い空気を振り払う様に言った。 「今日から交代で毎日ここに来て、面倒をみてあげようよ!」 その申し出に誰も異論は無く、満場一致でそうする事となった。 次の日から通いの猫飼育が始まった。 もちろん小屋に鍵がかかっている訳もなく、鎖でつなぎ止めている訳でも無いので、ある日突然いなくなっても不思議は無い状況だ。 それなのに、私達が空き地に行くと必ず仔猫はそこに居た。 小屋の中にある餌皿の音を地面に響かせると、どこにいてもダッシュで駆け込んできて足下にすり寄ってくる。 餌が貰えるから懐いているだけとは分かっていても、何とも嬉し恥ずかしい。 そして、家からこっそり持ち出してきた牛乳や鰹節などを、お皿に入れると待ってましたとばかりにガツガツと食べ始める。 こんな毎日がいつまでも続くといいな・・・。 仲間内の誰もがそう思っていたに違いない。 −−−数日後 その日は、何かを予知させるかのごとく、風が強く空はどんよりと曇っていた。 TVでは「大型の強い台風が関東地方に接近しています」とニュースキャスターが雨に濡れながら報道している。 「明後日の朝方には関東地方に上陸する恐れがあり・・・」 のんきにTVを見ていた私と姉は、ほぼ同時に気がついた。 「そうだ!このままじゃ、あの仔猫が危ないかもしれない!」 野生だから放っておいても大丈夫な気はしたが、いかんせんまだ小さいし、餌も満足に自分で取ってこれない様な仔猫なのだ。 それに何かの本で、「猫は水に弱い」というのを読んだ様な気がする。 姉は急いで友人達に電話を入れ、次の日の学校帰りに空き地の前に集まる様、緊急招集をかけた。 次の日、皆が空き地の前に集まった頃、さらに風は強くなっていて、既に雨もいくらか降り始めていた。 「ねぇ?誰か飼ってもらえる人いない?」 いつか聞いたような質問が飛び出す。 でもお互いに顔を見合っているだけで、誰も「飼えるよ」とは言わない。 それはそうだ。誰かが飼えるのなら既にこんな通いの飼育などしていないのだから。 雨風はさらに勢いを増し、傘を打ちつけていた。 −−−決断までに時間は無い! 私の姉が口を開いた。 「分かったよ。私がお母さんに相談してみるよ。でも飼えるかどうかまでは分からないよ」と。 それを聞いて私は驚いた。 そもそも私の家が動物を飼えないのは、家族が動物嫌いだからではなく、マンション住まいだからだ。 例え親を説得できたとしても、それが公的に許される事などあり得ないのだ。 でも、その申し出を聞いた仲間達は、もう既に事が解決したかの様に安心しきった顔をして、 「あぁ〜良かったぁ〜。これで一件落着だね」などと勝手な事を言っていた。 私には、姉がにこやかに笑いながらもそのプレッシャーから微妙に顔をひきつらせているのが分かった。 仔猫を抱いて帰る道すがら、私の姉は神妙な顔で私に言ってきた。 「あのね、わたし、お母さんには『仔猫を飼っている友達が旅行に行くから、帰ってくるまでの間預る事にした』って言うつもりなんだ」 ・・・なるほど!! それは名案だ! とりあえずこの台風が去るまで預かる事ができればいいのだから、飼うまでいかなくても暫くの間預かる事ができればそれでいい訳だ。 この嘘は絶対にバレないに違いない! 雨で肩をびっしょりと濡らした私達が家に戻ると、案の定腕に抱いている仔猫に母は大層驚いていた。 「まぁ、どうしたの!?その仔猫?」 姉は先ほど私に言った通りの事を母に告げた。 すると母は特に疑う様な事も無く「あらまぁ、じゃぁ仕方ないわねぇ。でも今度からはちゃんと前もって相談してね」 と言い承諾してくれた。 嬉しい!!ヤッタ!ついにおうちで猫が飼える!!! 私達は部屋の中で小躍りをして、両手をめいいっぱい上に伸ばして仔猫を高く高く抱き上げた。 つづく。 [−後編−] 飼う場所は、現在出張に行っていて居ない父の部屋を使う事になったので、絨毯の上に新聞紙を隙間無く敷き詰めて、その部屋を完全に仔猫の為の部屋にした。 私達兄弟ですら個人部屋など与えられていないのに、かなりの待遇措置だ。 預けると約束された期間は3日間。 3日もあれば台風は過ぎ去ってくれるだろう。 まだ両方とも小学生だった幼い私と姉の子供の頭の中では、その程度の事までしか考える事ができなかった。 次の日の日曜日は、天気予報の通り台風が関東を直撃していたが、台風の事など忘れて一日中仔猫と遊んでいた。 そして、月曜日は学校の授業が終わると、寄り道一つせず、真っ直ぐに家に帰ってきて、仔猫を出迎えた。 私の両親は共稼ぎなので、昼間は誰も家に居なくなり、仔猫は部屋に監禁された状態になってしまうのだ。 部屋のドアを開けると、「待ってました!」とばかりに走り寄ってくる仔猫の前に、親に買ってもらった猫缶を皿にあけて差し出した。 「ニャー」と一声鳴いて、それを一心不乱に食べ始める。 私がその仕草をじっと見つめていると、時折こちらの様子が気になるのか、食べるのを休んで私の顔を見て首をかしげる。 私がそのまま何も動かないでいると、再び食事に専念しはじめる。 ・・・食事が終わるまでは、まだしばらく時間がかかりそうだったので、部屋を出てマンションのすぐ下にある公園の砂地まで行って、仔猫がトイレに使っていた砂を半分ほど入れ替えた。 公園から戻ってくると、既に猫缶は無くなっていて、仔猫は部屋の中を走り回っていた。 目が合うと「早く遊ぼう!遊ぼうよ!」と言っているかの様だ。 私はビニール袋や新聞紙などを使ってじゃらつかせたり、背中や肩に乗せたり、物陰に隠れて焦らせたりたりなどして、これ以上無いほど我を忘れて遊びまくった。 そうこうしている間に、姉も学校から帰ってきたので、遊びはさらにヒートアップして6畳の父の部屋は、狭いながらも自分達にとって世界で一番楽しい空間となっていった。 窓の外は、台風はもうとっくに過ぎてすっかりと晴れわたっていた。 −−−そしてお別れの日がやってきた。 楽しい時はすぐに過ぎると言うが、本当にあっという間の3日間だった。 私と姉は風呂場で仔猫を洗ってやり、台所の戸棚から猫の餌になりそうなものを適当に鞄の中に詰め込んで、仔猫を小脇に抱えて外に出た。 仔猫は眩しそうな目をして「ニャー」と一声鳴いた。 私と姉は、マンションの下に既に集まっていた姉の友達と、空き地に向かってゆっくりと自転車を走らせる傍ら、仔猫との楽しかったひとときの事を皆に話しまくっていた。 「・・・でね、それでね・・・なんだよ〜」 仔猫は自転車のカゴの中で不安そうに揺られながら、過ぎていく景色を見つめていた。 かなりゆっくりと走ったので、40分位かかって空き地に着いた。 台風が通過したので、空き地の小屋は無くなってしまっているのではないかと思われたが、そんな事は無く、ちょっと傾いているだけで、まだまだ使えそうな感じだった。 まだ少し時間も早かったので、私達は仔猫をその空き地に放して、6畳部屋に比べたら遙かに広いその空間で、仔猫と共に飛んだり跳ねたり走ったりして、ただひたすら力一杯元気に遊びまくった。 キーンコーンカーン・・・ 5時の鐘が空しく町に鳴り響いた。 「あ、もぅこんな時間!」 気がつくと空は夕焼け色に染まって、夜がもうそこまで来ていた。 私達は仔猫を元居た小屋の中に入れると、鞄の中から持ってきた鰹節と牛乳を取り出し、皿の中にあけた。 遊び疲れてお腹が減っているせいもあってか、仔猫は一心不乱に食べ始めた。 「よしっ!」私達は何も言わずに目で合図をすると、そ〜っと小屋の外に抜け出して、そろりそろりと空き地の外に出た。 自転車に乗って小屋の方を見るが、仔猫が出てくるような気配は無い。 OK!とばかりに自転車を走らせ、夕闇が迫る住宅街の狭い道を、家の方に向かっていつもより速度を上げて走っていった。 空き地から離れて15分は過ぎた頃だろうか、何か大きな仕事を一つやり遂げたかの様に、「ふーっ」と大きなため息をついて自転車の速度を落とし、仲間達と「あの仔猫はこれからもあの場所で元気にやっていけるかなぁ・・・」的な事を話し始めた。 と、その時だった。一番後ろを走っていた姉の友達が 「キャァア!!!」と悲鳴を上げた。 声のした方向に即座に振り返ると、さっきまで一心不乱に餌を食べていた筈の仔猫が走って追いかけて来ているではないか! あっけに取られていると、仔猫は今までに見た走る速度からは想像もつかない程もの凄い早さで、私達の自転車に追いついてきた。 「ニャー!ニャー!」 仔猫は息を切らしながら上目遣いに私達の方を見つつ自転車に追いつこうとする。 怖い!!! 何故か怖かった。 ついさっきまで仲良く遊んでいた筈なのに、その猛然と走ってくる姿が、まるで獣が追いかけてくるかのごとく、とてもとても怖く感じられた。 「やだ!やだよぅ〜」と私達は涙目になりながら自転車の速度を上げた。 全身の力を振り絞ってペダルを漕ぎつつ、何度か後ろの方に目をやると、徐々に距離が開いていっている。 それでも仔猫は走るのをやめない。 「ニャー!ニャー!!」 『なんで? どうしてアタシを置いていくの? なんで? どうして優しくしてくれたの?』 仔猫の声が段々と遠ざかる。 「ニャー!!ニャー!!!」 『アタシ一匹じゃさみしいよ! 置いていかないで! 一緒に連れてって!』 自転車で角をいくつか曲がっても、しつこく追いかけてくる。 「ニャーッ!!!ニャーッ!!!!!・・・」 大通りに出る最後の角を曲がった所で、仔猫の声は車の音にかき消されて聞こえなくなった。 私達がゆっくりと振り返ると、30メートル位離れた所で仔猫は足を止めて空に向かって大きく口をあけて鳴いていた。 いや、泣いていたのだ。 表通りの車の音が大きくて、鳴き声は聞こえなかったが、私達の耳にはしっかりと届いていた。 既に空き地から離れて20分は過ぎているのだから距離にして1キロはあるし、相当な距離を走ってきた筈だ。 それに道だって何度も曲がっていて真っ直ぐではない。 私は餌を与えていたからなついているだけだと思っていた。 もちろん姉もその友達もそう思っていた。 それなのに、たくさん置いていった餌をほっぽり出して私達の後を追ってきたのだ。 『動物なんて本能の赴くままに行動しているだけさ』 などという心の隅にあった半分動物を見下していた認識が、一瞬にして砕け散った。 そして私達は半泣きになりながら、一言も喋らずうつむいたまま家に向かって自転車を漕いでいった。 そんな事があったせいもあって、それから暫くの間はその空き地を避けて学校から帰ってきていた。 また仔猫が追いかけてきたらどうしよう!?と思うと怖かったからだ。 餌だって3日ぶんくらいは置いてきたし、すぐに餓死してしまう様な事は無いだろう。 一週間くらい過ぎた頃だろうか。私達は再びその空き地を訪れてみた。 小屋の中を覗くと置いていった餌はすっかり無くなっていて、それと共に仔猫の姿も無くなっていた。 餌皿を地面にたたきつけて「コンコン、コンコン」とやっても仔猫は来ない。 どこへ行ったんだろう? 出てこないかな・・・と思う反面、もし仔猫が現れて、またこの前の様に追いかけられてしまったら・・・という恐怖感もあった。 小一時間くらい空き地の中を探し回って、仔猫がいない事を確認すると、私達は空き地を後にした。 「きっと誰かいい人に拾われたんだよ」と、誰かが言った。 「そうだね、きっと」私と姉は口を揃えて言った。 もしも今も暗く狭い所で寂しく泣いていたら・・・大通りに彷徨い出て、車に轢かれてしまっていたら・・・という想像を押し殺して、努めて明るい方へ明るい方へと考えを巡らせていった。 私は子供ながらも自分達のそんな考え方に憤りを感じていた。 仔猫が一体何をしたと言うのか? 人間は勝手だ。 でも、だったら台風が来ても助けないべきだったのか? 寂しいと追いかけてきたら、何度でもあやしてやるべきだったのか? 勝手だ。勝手すぎる。 可愛いからと可哀想だからと助けてやって、情が移った所でポイ。 分からない。正しい答えは誰にも分からない。 ただ分かる事は、同じ事は二度と繰り返してはならないという事だけだった。 −−− その時以来、私は現在でも猫を見ると人より過敏に反応して、かまってしまう様になった。 もちろんそんなノラ猫達を、飼おう! などと考える様な事はもうしない。 ぼろぼろにやつれた猫だって、適当にかまった後はすぐにその場を離れる様にしている。 餌だってやらない。 最後まで可愛がってやれなかったあの時の罪滅ぼしという訳でも無いが、可愛がるという行為そのものに罪は無いと思うのだ。 大人達がよく口にする「生き物を飼う責任」という言葉。 子供はそれが分かっていないから駄目だと言う。 でも、その本当の意味を理解して説明できる大人など、どれ程居るのだろうか。 何も分かっていないのに、何も知らないくせに、ただ言葉記号的に教えられた通り、口から出しているだけなのではないだろうか。 今思えば、仔猫を預かると言った時の母は、即座に嘘を見抜いていたのではないかと思う。 薄汚れた仔猫を抱いて、「友達に預かってもらえる様、頼まれた飼い猫なんだ」などと白々しく主張した私達の姿は、実に嘘臭いものだったのではないかと思う。 それでも「嘘おっしゃい!!すぐ元居た場所に戻してきなさい!」 と言わずに預かる事を承諾してくれた母は、"嘘をつかない" という事よりも、きっと何かもっと大切な事を教えたかったのかもしれない。 そして、今日もどこかで子供達が拾った仔猫を抱いて家に帰る。 それを見て驚く親と、「飼いたい!」と懇願する子供・・・。 願わくば、そんな家族と猫達に、幸あらん事を。 |
